『母からの贈り物』
著者:前嵜 澪
当たり前のようにそばにいるのに。
僕たちは、互いのことをほとんど知らない。
「ねえ、シギって本名?」
今更、本当に今更なことなのだけど、どうしてもそんなことが気になって問いかけてみると、窓の外を眺めていたシギが振り返って小首を傾げた。
「何だ、急に」
「気になったから。ずっと一緒にいるのに、聞いたことなかったし」
『シギ』という名前はとても彼に似合っているから、本名なんだろうって思っていたんだけど、ちゃんと聞いたことはなかったとついさっき気づいた。
シギを見上げて答えを求めると、彼はくすりと笑う。
「本名だ。『神無 鴫』と名乗ってる。神無月の『神無』と、渡り鳥の『鴫』だ」
シギはそう言いながら、僕のてのひらを取って漢字を綴る。
「変わった名前だね」
シギには似合っていると思うけれど、珍しい名前。そう思って率直に言うと、シギは苦笑した。
「苗字は明治の頃必要になったから、育ての母が名乗っていたものを使った。名は、母がつけてくれたものだ」
「お母さんが?」
「……父が、渡り鳥を眺めるのが好きだったから、と言っていた」
そう言いながら、シギは目を伏せる。
シギのお父さんは、シギが生まれる前に亡くなった、と聞いている。僕の父さんと、同じだ。
「シギのお母さんと、僕の母さんって似てるのかも」
思いついたままぽつんと呟くと、シギが僕の目を見つめてくる。視線だけで続きを促されて、僕は話を続けた。
「僕の名前は、母さんが『栞』だから『悠里』だって言ったよね?」
「ああ」
「でも、もうひとつ理由があるんだ。僕の名前は、父さんから一字もらってる」
僕の父さんは、僕が生まれる前に亡くなってる。
母さんは、自分が『しおり』だから僕は『ゆうり』、漢字は父さんの『悠人』からもらった、と話してくれたことがあった。
「大切なひとに因んだ名前をつけたいって思ったんだろうね、たぶん」
僕の母さんも、シギのお母さんも。考えていたことは一緒だったんじゃないかな、と思う。
僕らの名前は、たくさん、たくさんの想いがこめられた、とても素敵な名前。
「シギ、いい名前だね」
そんな思いを込めて笑いながらシギの名を呼ぶと、彼は柔らかく微笑んで。
「お前の名も、な」
くしゃくしゃと、僕の髪を撫でてくれた。
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